2024年8月18日 主日礼拝
聖書講話 「ある知者の洞察 (第36回)~〈財産を失うこと〉の意味」
聖書箇所 コヘレトの言葉 5章12〜16節
[聖書協会共同訳]
[下線は改善の余地があると私には思われる部分]
12 太陽の下で私は痛ましい不幸を見た。/富を蓄えても、持ち主には災いとなる 。13 その富はつらい務めの中で失われる。/子が生まれても、その手には何もない。 14 母の胎から出て来たように/人は裸で帰って行く。/彼が労苦しても/その手に携えて行くものは何もない。15 これもまた痛ましい不幸である。/人は来たときと同じように去って行くしかない。/人には何の益があるのか。/それは風を追って労苦するようなものである。16 人は生涯、食べることさえ闇の中。/いらだちと病と怒りは尽きない。
以下は,ヘブライ語とギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解.両者とも,各用語の解明に基づく逐語訳に努めた.ヘブライ語本文を主とし,ギリシア語訳は参考として,講解を進める.
12
יֵ֚שׁ רָעָ֣ה חוֹלָ֔ה רָאִ֖יתִי תַּ֣חַת הַשָּׁ֑מֶשׁ עֹ֛שֶׁר שָׁמ֥וּר לִבְעָלָ֖יו לְרָעָתֹֽו
存在する/悪が←(気力を奪う).(それを)私は見た←太陽の下で/(すなわち)富が見張られている←それの主人のために(or によって)/彼の悪のために.
ἔστιν ἀρρωστία, ἣν εἶδον ὑπὸ τὸν ἥλιον, πλοῦτον φυλασσόμενον τῷ παρʼ αὐτοῦ εἰς κακίαν αὐτοῦ,
存在する/無気力が.それを私は見た←太陽の下で.富が見張られているのに←それのそばにいる人によって/彼の悪に至る.
12.1 「存在する/悪が←(気力を奪う)」
「悪」といっても,様々の悪がある.ここでは「ホーラー」という形容詞がついている.「生きる気力を奪う」という意味に解明した.そこで「気力を奪う」と訳した.ギリシア語本文は「アッロースティア」.おそらく「力がないこと」が原義であると解明した.そこで「無気力」と訳した.死にたくなるような悪である.それにも色々ある.
12.2 「(それを)私は見た←太陽の下で」
コヘレトの洞察である.白日の下で明らかに見極めた.目を背けることをしない.彼は何を見極め,何を直視したか?
12.3 「(すなわち)富が見張られている←それの主人のために(or によって)/彼の悪のために」
12.3.1 「(すなわち)富が見張られている」
富がしっかりと管理されている.
12.3.2 「それの主人のために(or によって)」
その富の所有者は散財などしない.「のために(or によって)」と訳した「レ」という前置詞は,どちらにも解明することができる.「のために」であれば,その富は安全な金融機関によって管理されている,と解釈できる.「によって」であれば,その富はその主人によってきちんと管理されている,と解釈できる.いずれにしても,富の適確な保全がなされている,ということになる.
12.3.3 「彼の悪のために」
そうであっても,その富が悪に至ることもある,とコヘレトは洞察する.その場合,その悪として考えられることは,敗戦による富の喪失.富を広く解釈するなら,家族,友人,ペットなども含めることができるであろう.自然災害のよる富の喪失もある.ガザ地区では,貴重な経済的・人的富が,毎日,破壊され,喪失されている.
13
וְאָבַ֛ד הָעֹ֥שֶׁר הַה֖וּא בְּעִנְיַ֣ן רָ֑ע וְהוֹלִ֣יד בֵּ֔ן וְאֵ֥ין בְּיָדֹ֖ו מְאֽוּמָה׃
そして滅びた/その富は/悪い取引の中で.そして彼はもうけた/一人の息子を.そして存在しない/彼(息子)の手の中に/何も.
13 καὶ ἀπολεῖται ὁ πλοῦτος ἐκεῖνος ἐν περισπασμῷ πονηρῷ, καὶ ἐγέννησεν υἱόν, καὶ οὐκ ἔστιν ἐν χειρὶ αὐτοῦ οὐδέν.
そして喪失する/かの富は/悪い転換の中で.そして彼はもうけた/一人の息子を.そして存在しない/彼(息子)の手の中に/何も.
13.1 「そして滅びた/その富は/悪い取引の中で」
13.1.1 「滅びた」
「滅びた」と訳した「アーバッド」の原義は,「完全になくなる」「全部なくなる」である.一文無しになること.
13.1.2 「悪い取引」
「取引」と訳した「イネヤーン」は,商売上の取引.株の運用における大損を,しばしば耳にする.不適切な資金運用による破産.2008年にジンバブエに起こったインフレーションを思い出す.1980年に324円に相当した1ジンバブエドルは,2008年には0.0000000000086円に下落した.当時の物価は,たまご3個1000億ドル」「週刊誌1冊4000億ドル」「青菜1束3兆ドル」「コーラ1本6兆ドル」といった驚きの価格だったという.悪いといっても個人が悪いとはかぎらない.
13.2 「そして彼はもうけた/一人の息子を」
「彼」は,富の主人を指すと見てよいだろう.息子にかぎらず子どもを授かることは,幸せなことである.私だってできるものなら,それなりの財産を子どもたちに残したい.残念ながら,私は金持ちになることができない家系なので,それができない.おかげで子どもたちは財産争いをしないですむ.
13.3 「そして存在しない/彼(息子)の手の中に/何も」
大富豪の人が全財産を失うことはあったし,これからもあるだろう.親としても残念だが,期待していた子どもたちはもっと残念であろう.
14
כַּאֲשֶׁ֤ר יָצָא֙ מִבֶּ֣טֶן אִמֹּ֔ו עָרֹ֛ום יָשׁ֥וּב לָלֶ֖כֶת כְּשֶׁבָּ֑א וּמְא֨וּמָה֙ לֹא־יִשָּׂ֣א בַעֲמָלֹ֔ו שֶׁיֹּלֵ֖ךְ בְּיָדֹֽו׃
とおりに←(X)は出た←彼の母の胎から,裸で彼は戻るであろう/行くために←来たように.そして何一つ(X)は受け取ることができないであろう←彼の労苦と引き替えに/ところの←持っていく←彼の手の中に.
14 καθὼς ἐξῆλθεν ἀπὸ γαστρὸς μητρὸς αὐτοῦ γυμνός, ἐπιστρέψει τοῦ πορευθῆναι ὡς ἥκεικαὶ οὐδὲν οὐ λήμψεται ἐν μόχθῳ αὐτοῦ, ἵνα πορευθῇ ἐν χειρὶ αὐτοῦ.
とおりに/彼が出た/彼の母の胎から/裸で,また彼は戻るであろう/行くために←来たように.何一つ/彼は受け取らない/彼の労苦の中で.ために/行く/彼の手の中で.
14.1 「とおりに←(X)は出た←彼の母の胎から,裸で彼は戻るであろう/行くために←来たように」
14.1.1 「(X)」
親にも子どもにも当てはまる.人は裸で生まれ,何一つ持たずに死んでいく.
14.1.2 「行くために←来たように」
コヘレトは念を押す.人は無一物でこの世に来たように,無一物であの世に行く.
14.2 「そして何一つ(X)は受け取ることができないであろう/引き替えに←彼の労苦と/ところの←持っていく←彼の手の中に」
14.2.1 「何一つ(X)は受け取ることができないであろう」
「何一つ」(メウーマー)は英語の nothing に相当する.文頭に置かれ,強調されている.(X)は親も子も指す.人は皆,ということ.「受け取ることができないであろう」.もちろん生きている間は受け取ることができる.
14.2.2 「引き替えに←彼の労苦と」
「ベ」という前置詞は,ここではそういう意味.労苦の報いとして富を手にすることができる.問題は,死んだ後はどうなるか,である.
14.2.3 「ところの←持っていく←彼の手の中に」
「ところ」と訳した「シェ」の先行詞は,nothingである.人は死んだなら,手の中に何ももっていくことができない.この真理をコヘレトはくどいほど強調している.
15
וְגַם־זֹה֙ רָעָ֣ה חוֹלָ֔ה כָּל־עֻמַּ֥ת שֶׁבָּ֖א כֵּ֣ן יֵלֵ֑ךְ וּמַה־יִּתְרֹ֣ון לֹ֔ו שֶֽׁיַּעֲמֹ֖ל לָרֽוּחַ׃
そしてこれもさらに悪←(気力を奪う).まさにとおりに←(X)が来た,そのように彼は行くであろう.そして何の得が(あるだろうか)?←彼にとって/←彼が労苦するであろうかぎり/蒸気のために.
15 καί γε τοῦτο πονηρὰ ἀρρωστία· ὥσπερ γὰρ παρεγένετο, οὕτως καὶ ἀπελεύσεται, καὶ τίς περισσεία αὐτῷ, ᾗ μοχθεῖ εἰς ἄνεμον;
そしてこれもまた悪しき非力(である).なぜなら彼が来たとおりに,そのように彼は去っていくであろう.そして何の得が彼に(あるだろうか)?/彼が労苦するかぎり←風のために.
15.1 「そしてこれもさらに悪←(気力を奪う)」
コヘレトは,生きる気力を奪うさらなる悪を追加する
15.2 「まさにとおりに←(X)が来た,そのように彼は行くであろう」
生まれたものは必ず死ぬ.生成消滅の真理である.例外はない.
15.3 「そして何の得が(あるだろうか)?←彼にとって/←彼が労苦するであろうかぎり/蒸気のために」
15.3.1 「そして何の得が(あるだろうか)?」
富の追求だけの人生に何の得があるだろうか,とコヘレトは問いかける.人生そのものが無駄だと言っているわけではない.他の仕方の人生もありうる.
15.3.2 「彼が労苦するであろうかぎり/蒸気のために」
「蒸気」は「ルアッハ」.ギリシア語訳では「風」(アネモス).富は「蒸気」もしくは「風」である.とはいえ,蒸気は蒸気なりに,風は風なりの有効な活用法がないわけではない.
16
גַּ֥ם כָּל־יָמָ֖יו בַּחֹ֣שֶׁךְ יֹאכֵ֑ל וְכָעַ֥ס הַרְבֵּ֖ה וְחָלְיֹ֥ו וָקָֽצֶף׃
また彼のすべての日々を/闇の中で←彼は食い尽くすであろう.すなわち,憤り←大いなる,そして彼の病気,そして怒り.
16 καί γε πᾶσαι αἱ ἡμέραι αὐτοῦ ἐν σκότει καὶ πένθει καὶ θυμῷ πολλῷ καὶ ἀρρωστίᾳ καὶ χόλῳ.
また彼のすべての日々は/の中←闇,そして悲しみ,そして大きな憤り,そして非力,そして苦渋.
16.1 「また彼のすべての日々を/闇の中で←彼は食い尽くすであろう」
16.1.1 「闇」
「闇」は「ホーシェフ」.光の対義語.闇の世界なのか,それとも光の世界なのか?
闇の子どもなのか,それとも光の子どもなのか?
16.1.2 「食い尽くす」
「アーハール」は,虫が喰うことにも用いられる.闇の世界では,人はいわばウジ虫のように,かけがえのない人生の日々を喰い尽くす.
16.2 「すなわち,憤り←大いなる,そして彼の病気,そして怒り」
16.2.1 「憤り←大いなる・・・そして怒り」 「闇」の説明である.「憤り←大いなる」および「怒り」(ギリシア語訳では「苦渋」の怒り)の類語反復によって,怒りを強調している.たとえば,家庭において一番の悪は怒り.夫婦げんかが,夫婦と子どもを不幸にする.
16.2.1 「病気」
「病気」は「オリィ」.コヘレトは,病気が一概に悪であると決めつけているわけではない.ここでは守銭奴が陥りがちな気力の衰弱や,食い意地のはった人が陥りがちな不健康を指していると思われる.
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