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執筆者の写真平岡ジョイフルチャペル

8/11 マタイ福音書のイエス (第9回)   ~〈専制君主による幼児虐殺〉を考察する〜

2024年8月11日 主日礼拝

聖書講話  「マタイ福音書のイエス (第9回)

                   ~〈専制君主による幼児虐殺〉を考察する〜」  

聖書箇所   マタイ福音書2章16〜18節  話者 三上 章



聖書協会共同訳

16 さて、ヘロデは博士たちにだまされたと知って、激しく怒った。そして、人を送り、博士たちから確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいる二歳以下の男の子を、一人残らず殺した。17 その時、預言者エレミヤを通して言われたことが実現した。18 「ラマで声が聞こえた。/激しく泣き、嘆く声が。/ラケルはその子らのゆえに泣き/慰められることを拒んだ。/子らがもういないのだから。」


 以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解です.


16 Τότε Ἡρῴδης ἰδὼν ὅτι ἐνεπαίχθη ὑπὸ τῶν μάγων ἐθυμώθη λίαν, καὶ ἀποστείλας ἀνεῖλεν πάντας τοὺς παῖδας τοὺς ἐν Βηθλέεμ καὶ ἐν πᾶσι τοῖς ὁρίοις αὐτῆς ἀπὸ διετοῦς καὶ κατωτέρω, κατὰ τὸν χρόνον ὃν ἠκρίβωσεν παρὰ τῶν μάγων.

その時ヘーローデースは知り/コケにされたことを←マゴスたちによって,激しく怒った.そして(…)を派遣したうえで,取り除いた/子どもたち全員を←ベートゥレエムの中とその境界の中の←2歳からそれ以下の,時にしたがって←彼が確かめた←マゴスたちから.


16.1 伝承史的考察

 本日の聖書箇所は,いかに芝居じみた光景が提示されている.さらにユダヤ教経典からの「定型引用」は,福音書記者マタイの特徴である.したがって,マタイによる創出と見なすべきであろう.


16.2 「その時ヘーローデースは知り/コケにされた←マゴスたちによって,激しく怒った」

16.2.1 「その時ヘーローデースは知り/コケにされた←マゴスたちによって」

 自称ヘロデ王は,ヘレニズム的・ユダヤ教的政治家.実は,ヘレニズム文化の皮相しか知らない.ユダヤ教に関しても,似非ユダヤ教徒.他方,マゴスたちはヘレニズム文化にもペルシアの文化にも熟達していた知者たち.前者が知者にコケにされるのは当たり前.「コケにされた」と訳した「エンパイゾー」は「子どものように遊ぶ」が原義.それの受動相.ヘロデは子ども扱いされた.それゆえ「コケにされた」と訳した.「ヘロデが本当に知者であったなら,露呈した自分の無知を素直に認めたであろう.しかし,王を僭称するような人物は,自分の無知を暴露されると,逆恨みする.


16.2.2 「激しく怒った」

 ヘロデの逆恨みは,激しい怒りの炎として燃え上がった.人類最古の詩編『イーリアス』の主題は「怒り」である.その冒頭の句は,「怒りを歌え,ムーサよ.ペーレウスの子アキレウスのおぞましい(怒りを)」(第1歌1〜2).アキレウスの怒りが僚友パトロクロスの死をまねき,ギリシア連合軍とトロイア軍との戦争を拡大し,多くの命が失われた.最後に,アキレウス自身もかかとを矢で射られて死ぬ.

 この度は,ヘロデの激怒はあらぬ方向に向けられた.


16.3 「そして(…)を派遣したうえで,取り除いた/子どもたち全員を←ベートゥレエムの中とその境界の中の」

16.3.1 「(…)を派遣したうえで」

 ヘロデが誰を派遣したかは,書かれていないが,暗殺団と推定される.

16.3.2 「取り除く」

 定動詞の「アナイレオー」は,邪魔者を取り除くために殺す,という意味合い.

16.3.3 「子どもたち全員を←ベートゥレエムの中とその境界の中の」

 「子ども」(パイス)は男女両方を意味しうるが,ここでは男児であろう.マタイには女王という考えがない.殺害された男児全員のいた地域は,ベツレヘムとその境界の地に限定されている.

16.3.4 「2歳からそれ以下の,時にしたがって←彼が確かめた←マゴスたちから」

 ぎこちない表現である.とにかく男児の年齢が2歳以下と限定されている.それはマゴスたちから得た知識である.マゴスは教える人.ヘロデは教えられる人.ヘロデはちゃっかり外から得た知識を着服した.この年齢の記述は,歴史的事実を伝えるという解釈もあるが,考えが浅い.やはりマタイによる創作と考えるほうがいい.結局マタイによるとイエスの年齢は何歳か?0歳から2歳までの間の任意の歳としか言いようがない.


                預言者エレミヤ

17 τότε ἐπληρώθη τὸ ῥηθὲν διὰ Ἰερεμίου τοῦ προφήτου λέγοντος ·

その時実現した←言われたことが←イェレミオス・預言者を通して.曰く.


17.1 エレミヤ書31章15節からの定型引用.ユダヤ教経典を盾にして自分の主張を強弁する論法.「下がれ!水戸のお殿様のご印籠だ」というのと,似たやり方.「聖書は神さまの言葉だ.おとなしく従え」式のごり押しをするクリスチャンたちが,アメリカに多い.その二番煎じが日本にもいる.「聖書信仰」とか「福音派」の錦の御旗を掲げる人たちである.その特徴は,イスラエル国の熱烈な支持,イスラームへの敵対,同性愛反対,人工中絶反対,そしてトランプ大統領候補など.


17.2 「イェレミオス・預言者」

 新約聖書の中でエレミヤの名前を言及するのは,マタイだけ.エレミヤは神の審判と人間の悲嘆を伝える預言者.ヘロデによる男児虐殺の話に合わせている.それにしても,このような悲惨さは神の定めであると言い切るマタイは,どのような神経を持ち合わせているのだろうか?


18 Φωνὴ ἐν Ῥαμὰ ἠκούσθη, κλαυθμὸς καὶ ὀδυρμὸς πολύς · Ῥαχὴλ κλαίουσα τὰ τέκνα αὐτῆς, καὶ οὐκ ἤθελεν παρακληθῆναι ὅτι οὐκ εἰσίν.

声が/ラマの中で/聞かれた.〈号泣〉(クラウトゥモス)と悲嘆←大きな.ラケールは泣いたけれども←彼女の子どもたちのために/彼女は欲しなかった←慰められることを/それらはいないのだから.


18.1 ギリシア語新約聖書におけるユダヤ教経典の引用は,総じて,七十人訳ギリシア語聖書から行われている.しかし,ことマタイ福音書による限り,ヘブライ語聖書からの引用が散見される.この箇所もその一つ.だからマタイはヘブライ語に熟達していたと考えるのは,早計である.むしろ,マタイ教会のクリスチャンたちの中には,ヘブライ語聖書に通暁していた学者集団(「マタイ学派」と呼ばれることもある)がいて,その人たちからマタイは手を借りていたと推測するほうがより妥当である.


18.2 「声が/ラマの中で/聞かれた.〈号泣〉(クラウトゥモス)と悲嘆←大きな」


18.2.1 「ラマ」

 ベツレヘムから17〜18km. ラケルの墓はダビデの町の中にあったと考える人は多い.マタイは,ラマが呪われた町であると考える向きがある.歪んだ見方である.すべての町は祝福されてしかるべきである.

18.2.2 「〈号泣〉(クラウトゥモス)と悲嘆←大きな」

 〈号泣〉(クラウトゥモス)は外来語で,意味不明.用例が少ない.おそらく「泣くこと」,それも「大声で泣くこと」.


18.3 「ラケールは泣いたけれども/彼女の子どもたちのために,欲しなかった/慰められることを/それらはいないのだから」

18.3.1 「ラケールは泣いたけれども/彼女の子どもたちのために」」

 「ラケル」への言及は,新約聖書の中ではここだけ.後代のユダヤ教文献 Genesis Rabbha (בְּרֵאשִׁית רַבָּה) 29.31では,ラケルは全イスラエルの母とされる.ただし,西暦300〜500年と推定.もちろんこの箇所では,一人の母親としてのラケルを指す.

18.3.2 「欲しなかった/慰められることを/それらはいないのだから」

 子どもの命を奪われた母親にとって,いかなる慰めの言葉も慰めとはならない.「子どもを返して!」という悲痛な叫びに,誰が答えることができるだろうか?


18.4 ガザ地区の子どもたち

 ガザ地区の子どもたちと母親たちは同じ悲惨さに見舞われている.ガザ地区の子どもの死者数は,2024年4月現在で,推定1万3千人.空爆や栄養失調による.その数は留まることを知らない.

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