2024年6月23日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第5回)
~〈ベツレヘム神聖化〉の意図を吟味する~ 」
聖書箇所 マタイ福音書2章4〜6節 話者 三上 章
聖書協会共同訳
[下線は改善の余地があると思われる部分]
4 王は祭司長たちや民の律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。6 『ユダの地、ベツレヘムよ/あなたはユダの指導者たちの中で/決して最も小さな者ではない。/あなたから一人の指導者が現れ/私の民イスラエルの牧者となるからである。』」
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解です.
4 καὶ συναγαγὼν πάντας τοὺς ἀρχιερεῖς καὶ γραμματεῖς τοῦ λαοῦ ἐπυνθάνετο παρ’ αὐτῶν ποῦ ὁ χριστὸς γεννᾶται.
そして彼(ヘロデ王)は召集した後←祭司長・書記全体を←その民の,尋ねた←彼らから←どこでそのクリストスは生まれるかを.
4.1 伝承史的考察
今日の箇所は伝承に依拠しているが,マタイの編集の手がかなり加えられている.
4.2 「彼(ヘロデ王)は召集した後←祭司長・書記全体を←その民の,尋ねた←彼らから」
4.2.1 「祭司長・書記全体」
ユダヤ教議会(サンヘドリン)を指すのであろうが,「長老たち」が抜けている.生前のイエスの時代における,サンヘドリンの実態を知らないものと思われる.とにかくこの一団は,ユダヤ教聖典や占い・予言の類いのことがらに関する専門家として,演出されている.
4.2.2 「その民」
「ラオス」に定冠詞が付いている.特定の民ということ.その民はヘロデ王の支配下にあるが,本当は神の民である,とマタイは言いたい.
4.3 「どこでそのクリストスは生まれるを」
4.3.1 「どこで」
誕生の地にこだわっている.マルコによると,その地はガリラヤ地方のナザレ.マタイはそれが気に入らない.ヘロデ大王の口を借りて,もっとちゃんとした地を導入した.そういう歴史ではなく,物語である.
4.3.2 「クリストス」
マタイのイエス理解を反映した尊称である.イエス・キリストのこと.イエスこそキリストであると信じているので,マタイはヘロデ大王の口を借りて,そのように言っている.歴史としては,時代錯誤(アナクロニズム)である.ここのクリストスは,ユダヤ人の王という意味.
5 οἱ δὲ εἶπαν αὐτῷ· Ἐν Βηθλέεμ τῆς Ἰουδαίας· οὕτως γὰρ γέγραπται διὰ τοῦ προφήτου·
彼らは言った←彼(ヘロデ王)に.「ベートゥレエムで←イウーダイアの.なぜなら,そのように書かれてあります←その預言者を通して.
5.1 「彼らは言った←彼(ヘロデ王)に」
「彼ら」とは祭司長・書記の一団.ヘロデ大王に「言った」のは祭司長たちであろうが,実際に調査したのは書記たちであろう.
5.2 「ベートゥレエムで←イウーダイアの」
5.2.1 「ベートゥレエム」
ベツレヘムは,エルサレムの南方9kmの標高790mの山上に位置する.もともとは「ラハイの家」という意味であったと推定される.ラハイは,ネゲブという地にある井戸の神の名前.ユダヤ教聖書ではダビデやルツ,およびネヘミヤ記やエズラ記に関連付けられて,言及される.イエスの時代のベツレヘムについては,手がかりとなる考古学的証拠は皆無である.
5.2.2 「イウーダイアの」
ユダヤ地方のベツレヘムに関して,以上に述べた程度のことは,マタイも知っていたであろう.しかし,彼が当地を訪れたことがあるかどうかは,不明.マタイは,イエスの死後50年ころに彼の福音書を作成した.
イエス誕生の聖地としてのベツレヘムという発想は,おそらくマタイ独自のものであろう.これを震源地としてベツレヘム神聖化は拡大化され,その後の時代において誇大化されていき,現代に至る.
5.3 「なぜなら,そのように書かれてあります←その預言者を通して」
5.3.1 「そのように書かれてあります」
「書かれてあります」は現在完了時称で,強調.ちゃんと書かれています.ハイ,決定,という感じ.直解主義の人,あるいは原理主義の人に見られる短絡的思考.権威を後ろ盾として強がる弱虫の態度.マタイの特徴である.
5.3.2 「その預言者」
預言者ミカだと言われている
6 Καὶ σύ, Βηθλέεμ γῆ Ἰούδα, οὐδαμῶς ἐλαχίστη εἶ ἐν τοῖς ἡγεμόσιν Ἰούδα· ἐκ σοῦ γὰρ ἐξελεύσεται ἡγούμενος, ὅστις ποιμανεῖ τὸν λαόν μου τὸν Ἰσραήλ.
"あなたも,ベートゥレエム,イウーダスの地よ,断じて最小ではありません←指導者たちの中で←イウーダスの.なぜなら,あなたの中から出てくるでしょう←指導する人が/その人こそ(羊飼いとして)飼うでしょう←私の民イスラエールを"」
6.1 LXX『ミカ書』5章1節
LXX『ミカ書』5章1節からの引用だと言われている.比較検討してみよう.なおMTヘブライ語聖書の当該箇所は,LXXとほとんど同じである.
Καὶ σύ, Βηθλεεμ οἶκος τοῦ Εφραθα, ὀλιγοστὸς εἶ τοῦ εἶναι ἐν χιλιάσιν Ιουδα· ἐκ σοῦ μοι ἐξελεύσεται τοῦ εἶναι εἰς ἄρχοντα ἐν τῷ Ισραηλ, καὶ αἱ ἔξοδοι αὐτοῦ ἀπʼ ἀρχῆς ἐξ ἡμερῶν αἰῶνος.
あなた,ベートゥレエム,エプラタの家よ,あなたは最小です←イウーダスの千の(家) の中にあるものとして.あなたの中から私のために彼は出てくるでしょう←イスラエールにおける支配者になるために.そして彼の軍隊行進は始めから←時代の日々の中から.
「イウーダスの地」は「エプラタの家」.「断じて最小ではありません」は「最小です」.「指導者たちの中で←イウーダスの」は「イウーダスの千の(家) の中に」.「指導する人」は「支配者」.「その人こそ飼うでしょう」は「彼の軍隊行進は始めから←時代の日々の中から」.「私の民イスラエール」は,LXXには欠落している.以上から,LXX『ミカ書』5章1節は,マタイおよびマタイ学派によって,自分たちのイエス・キリスト信仰に合致するように,改ざんされた,と判断することができる,
6.2 「"あなたも,ベートゥレエム,イウーダスの地よ,断じて最小ではありません←支配者たちの中で←イウーダスの」
マタイは,ベツレヘムはユダヤ地方の市町村の中で上位ランキングに入ると言いたい.それならば,イエスの生誕地はエルサレムであると言えばいいのにと思うが,マタイはそこまで伝承を改ざんする大胆さをもっていなかった.エルサレムであると言うならば,あからさまな嘘であることがばれてしまう.
6.3 「なぜなら,あなたの中から出てくるでしょう←指導する人が/その人こそ(羊飼いとして)飼うでしょう←私の民イスラエールを"」
6.3.1 「指導する人」
「ヘーグーメノス」は,ここでは宗教・国家の指導者としての王という意味.
6.3.2 「その人こそ(羊飼いとして)飼うでしょう」
「飼う」(ポイマイノー)は,「羊飼い」(ポイメーン)の動詞形.羊飼いは,古代世界ではしばしば,国王を意味した.
6.3.4 「私の民イスラエール」
古代イスラエル王国を示唆する.マタイ教会のクリスチャンたちは,古代イスラエル王国の再建に望みをいだいていたのか?おそらくマタイは,それは不可能であると考えていた.代わりにマタイ教会の全世界への拡大こそは,古代イスラエル王国の真の意味における再現であると考えていたのではなかろうか.
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