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執筆者の写真平岡ジョイフルチャペル

6/2 マタイ福音書のイエス (第3回)〜〈予言の実現〉という発想を吟味する〜

2024年6月2日 主日礼拝

聖書講話  「マタイ福音書のイエス (第3回)

      ~〈予言の実現〉という発想を吟味する〜」  

聖書箇所   マタイ福音書1章22〜25節  話者 三上 章


聖書協会共同訳

  [下線は改善の余地があると思われる部分]

22 このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われたことが実現するためであった。23 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。/その名はインマヌエルと呼ばれる。」これは、「神は私たちと共におられる」という意味である。24 ヨセフは目覚めて起きると、主の天使が命じたとおり、マリアを妻に迎えた。25 しかし、男の子が生まれるまで彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。


 以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解である.


22 τοῦτο δὲ ὅλον γέγονεν ἵνα πληρωθῇ τὸ ῥηθὲν ὑπὸ κυρίου διὰ τοῦ προφήτου λέγοντος·

このことの全体は生じた/ために←実現する←言われたことが←主によって←その預言者を通して,いわく.


22.1 「このことの全体は生じた」

 ヨセフの見た夢の出来事全体.ヨセフはまだ夢の眠りの中にいる.「全体」というのは,一部始終ということ.神の使者が告げた,マリアの処女受胎の予告.そしてヨセフの信従,信じて従うこと.福音書記者マタイにとって,ヨセフの夢は正夢.真実である.夢を真剣に受け止める人はヨセフだけではない.たとえば,明恵

22.1.1 明恵 1173―1232年

 夢と共に生きた鎌倉時代の華厳宗の僧侶.19歳の頃から約40年にわたって,晩年58歳まで自分の夢を詳しく書き記した.それが『夢記』(ゆめのき).これをユングの精神分析の観点から分析したのが,河合隼雄『明恵 夢を生きる 』(講談社+α文庫)


22.2 「ために←実現する←言われたことが←主によって←その預言者を通して」

22.2.1 「ために←実現する←言われたことが←主によって」

 「ために」(ヒナ)は目的を示す.神は目的を持ち,それを実現するという神本位の発想を反映している.人間の自由裁定は極限にまで限定される.カルヴィにズムの二重予定説につながる考え方である.「言われたことが←主によって」と言っても,神の生の声ではなく,ユダヤ教聖典の文言のこと.

22.2.2 「その預言者を通して」

 「預言者」とは,続く文言から見てイザヤのこと.イザヤ書7章14節からの引用.ユダヤ教聖典を引き合いに出して,自説を裏打ちするやり方.私はこう思う,と単刀直入に言うほうがよい.


23 Ἰδοὺ ἡ παρθένος ἐν γαστρὶ ἕξει καὶ τέξεται υἱόν, καὶ καλέσουσιν τὸ ὄνομα αὐτοῦ Ἐμμανουήλ· ὅ ἐστιν μεθερμηνευόμενον Μεθ’ ἡμῶν ὁ θεός.

「見よ!乙女が腹の中に持つでしょう.そして生むでしょう←(一人の)息子を.そして,彼らは呼ぶでしょう←彼の名前を←エムマヌーエールと.それは翻訳されている←「私たちと共に←その神は」」


23.1 「見よ!乙女が腹の中に持つでしょう」

 ここはイザヤ書7章14節からの引用.七十人訳ギリシャ語聖書とほとんど同じで.「乙女」(パルテノス)は「若い娘」あるいは「若い既婚の女性」くらいの意味.処女とはかぎらない.それをマタイは処女受胎の意味に解釈した.

23.2 「生むでしょう←(一人の)息子を」

 紀元前8世紀後半,アッシリア帝国時代のイスラエルでの話である.ずっと後代の出来事の予言ではない.

23.3 「彼らは呼ぶでしょう←彼の名前を←エムマヌーエールと」

23.3.1 「彼らは呼ぶでしょう」

 「彼らは」というのはヨセフではなく,一般の人々が「呼ぶでしょう」ということ.命名者は通常,父親であるが,マタイは,ヨセフを命名者にしたくない.「呼ぶでしょう」は,命令の未来時称.「呼びなさい」という意味.

23.3.2 「彼の名前を←エムマヌーエールと」

 「彼」とは「息子」.「エムマヌーエール」はヘブライ語の「עִמָּנוּ אֵל, immānū 'ēl)をそのまま音写したもの.

23.3.3 「それは翻訳されている←「私たちと共に←その神は」

 「その神」とは,イザヤ書ではヤハウェを指す.


24  ἐγερθεὶς δὲ ὁ Ἰωσὴφ ἀπὸ τοῦ ὕπνου ἐποίησεν ὡς προσέταξεν αὐτῷ ὁ ἄγγελος κυρίου καὶ παρέλαβεν τὴν γυναῖκα αὐτοῦ·

覚めた後←イオーセープが←その夢から/彼は行った←命じたとおりに←彼に←その使者が.そして受け取った←彼の女性を.


24.1 「覚めた後←イオーセープが←その夢から」

 ヨセフは正夢を見た眠りから覚めた.

24.2 「彼は行った←命じたとおりに←彼に←その使者が」

 使者が告げた神の命令にヨセフは信従した.

24.3 「受け取った←彼の女性を」

 嫁にもらった,という感じ.


25 καὶ οὐκ ἐγίνωσκεν αὐτὴν ἕως οὗ ἔτεκεν υἱόν· καὶ ἐκάλεσεν τὸ ὄνομα αὐτοῦ Ἰησοῦν.

そして彼は知らなかった←彼女を/まで←彼女が息子を生んだ.そして彼女は名づけた←彼の名前を←「イエス」と


25.1 「彼は知らなかった←彼女を/まで←彼女が息子を生んだ」

 「まで」(ヘオース)が強調されている.ヨセフはマリアの出産まで,マリアと交わりを持たなかった.マリアの処女受胎を示唆する.マタイは本気でこれを言っている.マリア崇拝の萌芽が見てとれる.

25.2 「彼女は名づけた←彼の名前を←「イエス」と」

25.2.1 「彼女は名づけた」

 命名者はマリア.マタイはどうあっても,ヨセフを命名者にしたくない」

25.2.2 「彼の名前を←「イエス」と」

 「イエス」は「イエスース」.あれ!「エムマヌーエール」ではないのか?こういうところはいい加減にしてほしくないが,マタイとしては,細かいことにこだわりなさんな,というところか.宗教に飛躍はつきものである.











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