4/6 マタイ福音書のイエス (第34回)~〈福音書記者の離婚・再婚観〉を考察する〜
- 平岡ジョイフルチャペル
- 11 分前
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2025年4月6日 主日礼拝
聖書講話 「マタイ福音書のイエス (第34回)
~〈福音書記者の離婚・再婚観〉を考察する〜」
聖書箇所 マタイ福音書 5章31〜32節 話者 三上 章
[聖書協会共同訳]
※下線は修正の余地があると思われる部分
31「『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と言われている。 32 しかし、私は言っておく。淫らな行い以外の理由で妻を離縁する者は誰でも、その女に姦淫の罪を犯させることになる。離縁された女と結婚する者も、姦淫の罪を犯すことになる。」
以下は,ギリシャ語原文の解明に基づく三上の私訳と講解です.
31 Ἐρρέθη δέ · Ὃς ἂν ἀπολύσῃ τὴν γυναῖκα αὐτοῦ, δότω αὐτῇ ἀποστάσιον.
語られた:もし男性が出て行かせるならば←自分の女性(妻)を,与えなければならない←彼女に⇦離別証書を.
31.1 「語られた」

ユダヤ教の口承律法を指す.ユダヤ教社会では,モーセに由来するヤハウェの律法は,文字板に記された文字律法と口承による口伝律法との両方によって与えられた,とされていた.口伝律法は,信徒たちの前で長老たちによって朗読された,
シナゴーグで聖書を朗読するイエス 想像図
31.2 「もし男性が出て行かせるならば←自分の女性(妻)を」
31.2.1 「男性が」
男性上位の目線を示唆する.
31.2.2 「出て行かせる」(アポリュオー)
「アポ」(「くっついているものを離す」)という前置詞と「リュオー」(「結びを解く」)という動詞との合成動詞.ここでは婚姻関係を解消し,出て行かせることを意味する.
31.2.3 古代ローマにおける離婚・再婚に関する参考文献
アルベルト・アンジェラ『古代ローマ人の愛と性』(河出書房新社 ,2014年)

古代ローマ人は離婚を「ディーウォルティウム」と呼んだ.これは「分かれる」という意味の動詞「ディウェルトー」から派生したもので,人生の一時期をともに歩んだ夫婦が異なる道に分かれることを意味した.しかし,離婚を一方的に通告する場合には,「レプディウム」(repudium)という意地の悪い言葉が使用された.「レー」(re)と「ペース」(pēs)の合成語である.「レー」は「戻ること」「反対」「以前の状態への復帰」「反対の状態への移行」という意味.「ペース」は足.「足で追い返す」こと.相手を足蹴にして追い出す様子を連想させる.
ただし,妻のほうから夫を追い出す場合もないわけではなかった.たとえば嫁資(かし.嫁入りの時もっていく財産)として,妻が夫婦の住む家を提供していた場合,妻が夫に「この家から出て行け!」という権限をもっていた.
31.2.4 ローマ帝国時代の離婚
ローマ時代には,離婚がとても容易だった.連れ合いのどちらかが結婚生活の終わりを望み,証人(アウグストゥス帝の定めた人数は7人)の前で,もう一方の連れ合いに宣言しさえすれば,両者の婚姻関係は解消された.たったそれだけのこと.男性が女性に離別の意思を告げる際に用いられた決まり文句はあった.「お前の私物を持っていけ!」.あるいは「この家から出て行け!」すると,その瞬間に結婚生活が終わりを告げた.
31.2.5 モーセの律法における離婚と再婚
モーセの律法は,離婚を許可している.[聖書協会共同訳] 申命記24章1〜4節
「1 ある人が妻をめとり,夫になったものの,彼女に何か恥ずべきことを見いだし,気に入らなくなったときは,彼女に離縁状を書いて渡し,家を去らせることができる.
2 その女が家を出て,他の男の妻となったが,3 次の夫も彼女を嫌い,彼女に離縁状を書いて渡し,家を去らせるか,あるいは,彼女を妻に迎えた男が死んだ場合,4 そのどちらの場合でも,彼女を去らせた最初の夫は,彼女が汚された後で,彼女を再びめとり,妻にすることはできない.これは主の前に忌むべきことである.あなたの神,主が相続地としてあなたに与える地に罪をもたらしてはならない」.
これがユダヤ教における離婚と再婚とに関するタテマエである.実状はどうであったのか?詳細は不明である.イエスの時代になると,このモーセの律法は緩やかな解釈と厳格な解釈に分断化された.ヒレル学派は何かにかこつけて離婚を容認した.たとえば,料理が下手.これに対してシャンマイ学派は,重大な性的不品行以外には離婚を承認しなかった.
31.2.5 「自分の女性(妻)」
「自分自身の」は,女性(妻)の私物化を示す.「女性」と訳した「ギューネー」は,「妻」を意味することもできる.妻は女性である限り,男性の所有物である.人格と人権は認められない.
31.3 「与えなければならない←彼女に⇦離別証書を」
31.3.1 「与えなければならない」(ドトー)
「ドトー」は三人称単数命令形.法律上の義務を言うのに用いられる.
31.3.2 「離別証書」(アポスタシオン)

LXXは「ビブリオン・アポスタシウー」,すなわち「アボスタシスの文書」.ここでは「アポスタシオン」と短縮化しているが,意味は同じ.ユダヤ教の離別手続きのほうが,ローマのそれよりも,法的意味合いが強い.推定によると,法廷において法律に詳しいラビたちの臨席の下で,離別証書が正式に夫から妻に手渡される儀式が行われた.その上で,法廷の書記は離婚の記録を記入し,夫にも離別証書を手渡した.それによって婚姻関係は解消した.
32 ἐγὼ δὲ λέγω ὑμῖν ὅτι πᾶς ὁ ἀπολύων ⸃ τὴν γυναῖκα αὐτοῦ παρεκτὸς λόγου πορνείας ποιεῖ αὐτὴν μοιχευθῆναι, καὶ ὃς ἐὰν ἀπολελυμένην γαμήσῃ μοιχᾶται.
しかしこの私はあなた方に言います:誰であれ出て行かせる男性は←自分の女性(妻)を//以外の理由で←不貞行為(ポルネイア),彼はさせている←彼女が姦通されるように.そしてもし男性が出て行かされている女性を娶るならば,彼は姦通をしている.
32.1 「しかしこの私はあなた方に言います」
マタイ福音書のイエスの見解.すなわち,福音書記者マタイはイエスに付託して自分の見解を述べる.
32.2 「誰であれ出て行かせる男性は←自分の女性(妻)を//不貞行為(ポルネイア)以外の理由で←不貞行為(ポルネイア),彼女が姦通されるようにしている」
32.2.1 「以外の理由で」
離婚の理由の話である.「以外の」(パレクトス)は,何かにつけて離婚が流行していた状況を連想させる.ローマ帝政期には,貴族階級に離婚が蔓延していた.裕福な男たちは,妻の身体に老いの気配を感じたとたん,新しい妻に取り換えた.上流階級の女性たちも,離婚に何の気後れも感じなかった.こういう風俗を「伝染性離婚病」と批判する歴史家もいる.
32.2.2「不貞行為(ポルネイア)」
マタイのイエスは,離婚の理由について極めて限定的であり厳格である.「不貞」と訳した「ポルネイア」は解釈が別れる.1) 婚前交渉(互いに結婚していない者同士の自由意志による性交).2) 近親相姦(近い親族関係にある者同士による性的行為).3) 姦通(配偶者以外の人と自由な意思のもとに性的関係を結ぶこと).1) はありえない.2) と3) は,どちらかに決めがたい.敢えて言えば,私は姦通説に傾く.
32.2.3 「彼はさせている←彼女が姦通されるように」
「させている」(ポイエオー)は,妻を離縁する男性に対する非難である.まるで犯罪をおかしていると言わんばかりの口ぶりである.女性の再婚を前提とした文言である.「彼女が姦通される」?再婚が姦通とは人聞きが悪い.一夫一婦制厳守の立場からの見解である.
32.3 「そしてもし男性が出て行かされている女性を娶るならば,彼は姦通をしている」
32.3.1 「出て行かされている女性」
不貞行為の理由で離縁された女性ということ.
32.3.2 「娶る」(ガメオー)
「ガメオー」は「妻に取る」が原義.「「女(め)取る」」を意味する「娶る」がピッタリである.語源的には,「娶」(しゅ)は「他の部族から奪略的に妻を獲得する」意を残す語であるかもしれない」.女性を戦略品と見なすのである.
32.3.3 「彼は姦通をしている」
再婚がどうして姦通行為になるのか?鍵は,ポルネイア.福音書記者マタイの観点からは,姦通の理由で離縁された女性だからということになる.他方,女性がポルネイアの理由以外で追い出された場合は,違法であるから,婚姻は解消しない.相変わらず妻の立場が続く.それゆえ,女性は自由勝手に再婚することはできない.当時の姦通については不明の部分が大きい.ただ一つだけ言えることは,家父長制が強い時代であったから,姦通は「家名」を汚すことであった.家の恥ということである.
マタイの離婚・再婚観は,厳格な解釈をとるシャンマイ学派の立場に近似している.私見では,寛容な解釈をとるヒレル学派の立場を加味するほうがよいと思う.
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