3/16 ある知者の洞察 (第40回)~知者・清貧か愚者・貪欲か〜
- 平岡ジョイフルチャペル
- 3月16日
- 読了時間: 6分
2025年3月19日 主日礼拝
聖書講話 「ある知者の洞察 (第40回)~知者・清貧か愚者・貪欲か〜」
聖書箇所 コヘレトの言葉 6章7〜9節
[聖書協会共同訳]
[下線は改善の余地があると私には思われる部分]
7 人の労苦はすべて口のためである。/だが、それだけでは魂は満たされない。 8 愚かな者にまさる益が知恵ある者にあるのか。/人生の歩み方を知る苦しむ人に/何の益があるか。9 目に見えるほうが、欲望が行き過ぎるよりもよい。/これもまた空であり、風を追うようなことである。
以下は,ヘブライ語(MT)とギリシャ語訳原文(LXX)の解明に基づく三上の私訳と講解.両者とも,各用語の解明に基づく逐語訳に努めた

7
כָּל־עֲמַ֥ל הָאָדָ֖ם לְפִ֑יהוּ וְגַם־הַנֶּ֖פֶשׁ לֹ֥א תִמָּלֵֽא׃
あらゆる労働は←人間の/彼の口の中へ.そしてまたその生命(ネフェシュ)は,満たされない.
Πᾶς μόχθος τοῦ ἀνθρώπου εἰς στόμα αὐτοῦ, καί γε ἡ ψυχὴ οὐ πληρωθήσεται.
あらゆる労働は←人間の/彼の口の中へ.そして実に,その生命(プシュケー)は,満たされない.
7.1 MTとLXXの比較
ほぼ一致している.ただし,MTの「ガム」(もまた)はLXXでは「ゲ」(実に)となっている.
7.2 「あらゆる労働は←人間の/彼の口の中へ」
7.2.1 「あらゆる労働」
労働にはいろいろな種類がある.農業.漁業.商業の労働.肉体労働.頭脳労働という区別もある.最近では「感情労働」という概念も登場している.働くうえで,「感情」が重要なカギとなる働き方を指す.たとえば,航空業界やホテル業界,飲食業界といったサービス業、医療業界など.また,保育や介護に関わる教育や福祉,銀行を始めとする金融などの業界も含まれる.さらに,コールセンターやカスタマーサービスなどで働く人も感情労働者である.必ずしも直接人と対面する業務とは限らないが,いずれも人との関わりが重要となる仕事.
7.2.2 「人間(アーダーム)の」
労働は人間の特徴である.鹿は草を食べ,ライオンは獲物を追跡するが,それを労働とは言わない.労働は人間の発明であり,恐竜やマンモスよりはるかに弱い人間が生存競争に勝利することができたのも.労働のおかげである.
7.2.3 「彼の口の中へ」
人間が労働によって得る一番重要なものは,食べ物である.食べ物の行き先は,人間の口の中である.口の中に入る食べ物をもつ人は幸いである.
しかし,世界にはその食べ物をもたない飢餓状態の人が大勢いる.飢餓とは,慢性的な栄養不足になること.世界の飢餓人口は約7億5700万人.11人に1人が飢餓に苦しんでいる.


7.3 「そしてまたその生命(ネフェシュ)は,満たされない」
7.3.1 「その生命(ネフェシュ)」
「ネフェシュ」は「生命」.「生命」があればこそ「生活」が可能となる.「生活」の継続と積み重ねが「人生」となる.「その生命」の「その」は人間を指す.人間が生きることに関しては,他の動物と共通点がある.衣食住でいうと,食と住.

しかし,「衣」は人間に特有である.動物としての人間にも,食と住の足りることが優先事項であるが,人間は食と住を工夫によって進化させてきた.その工夫が顕著に現れるのが,衣である.人間以外の動物は裸であるが,人間は衣をまとう.さらに衣をより快適なものに改善する.改善の工夫は食と住の改善にも及ぶ.
それでは衣食住の完全な充足によって,人間のネフェシュは満たされるか.まだ足りない.「よく生きる」という生活と人生における倫理性が,加えられなければならない.それが人間としての真の充足であり完成である.それをソクラテスは,生涯を通して追求した.
8
כִּ֛י מַה־יּוֹתֵ֥ר לֶחָכָ֖ם מִֽן־הַכְּסִ֑יל מַה־לֶּעָנִ֣י יוֹדֵ֔עַ לַהֲלֹ֖ךְ נֶ֥גֶד הַחַיִּֽים׃
なぜなら,何の優位?←その知者にとって/よりも←その愚者.何?←その貧者にとって/知っている←歩むことを←に合わせて←その生活.
ὅτι τίς περισσεία τῷ σοφῷ ὑπὲρ τὸν ἄφρονα; διότι ὁ πένης οἶδεν πορευθῆναι κατέναντι τῆς ζωῆς.
なぜなら,何の優位?←その知者にとって/よりも←その愚者?なぜなら,貧者は知っている←歩むことを←に向かって←その生命(ゾーエー)
8.1 MTとLXXの比較
MTの後半「何←その貧者にとって/知っている人は←歩むことを←に即応して←その人生」は,意味不明.LXXは解釈を加えた訳にしている.すなわち,「貧者は知っている←歩むことを←に向かって←その生命(ゾーエー)」
8.2 「なぜなら,何の優位?←その知者にとって/よりも←その愚者」
8.2.1 「何の」
何の種類か.いかなる種類か,を問うている.
8.2.2 「優位」(イオーテール)
「イオーテール」は,さまざまな局面に適用できる.文化人類学の観点からは,進化・進歩.科学・技術の発展.社会経済史の観点からは,経済制度の発展.資本主義.共産主義.重商主義などの工夫.社会政治史の観点からは,王政.貴族制.寡頭制.民主政などの工夫.それぞれに優劣,上下,貴賎の対比がある.「イオーテール」は,「優」「上」「貴」のほうである.ここでは,コヘレトは,社会文化史の観点からの優位のことを言っていると思われる.
8.2.3 「その知者にとって/よりも←その愚者」
社会の中には,「知者」(ハーハーム)もおれば「愚者」(ケシル)もいる.建て前としては,知者は愚者に優るとされている.しかし,現実はといえば,少数の愚者が富を占有し,戦争をする.そういう在り方に対して,大多数の愚者は反対しない.
8.3 「何?←その貧者にとって/知っている←歩むことを←に合わせて←その生活」
8.3.1 「何?←貧者にとって」
「何の優位?←貧者にとって」と「優位」を補って読むのが妥当であろう.「貧者」(アーニー)」は,「抑圧された人」「下層の人」という意味を含む.中流以下の人々,低所得者にいかなる優位があるのだろうか.
8.3.2 「知っている←歩むことを←に合わせて←その生活」
低所得者の生活の実状を示すと,私は解釈する.「知っている」とは,生活の知恵.「歩むこと」は,生活ぶり.「に合わせて」(ネゲッド)は,通常は「の面前で」を意味するが,ここでは「に合わせて」の意味に解釈した.生活水準のこと.「その生活」(ハ・ハイイム)は低所得者の日々の生活.たとえば,米が高いからうどんにする.子どもにお腹いっぱい食べさせることができない.学習塾や習い事もさせてあげることができない.旅行などは夢のまた夢.スーパーマーケットの半額割引に群がる.低所得者はそのような悲しい工夫を余儀なくされる.
8.3.3 相対的貧困
ある国や地域の生活水準のなかで比較したときに,大多数よりも貧しい状態のことを指す.例えば,冷蔵庫や暖房器具が買えない,学校の制服代や給食費が払えないなど,ほとんどの人が持っているものを持てない状況にあることを指す.日本などの先進国でも見られる.


9
טֹ֛וב מַרְאֵ֥ה עֵינַ֖יִם מֵֽהֲלָךְ־נָ֑פֶשׁ גַּם־זֶ֥ה הֶ֖בֶל וּרְע֥וּת רֽוּח
よい←見る物は←目の/よりも←歩むこと←生命(ネフェシュ)が.これもまた水蒸気そして追うこと←風を.
ἀγαθὸν ὅραμα ὀφθαλμῶν ὑπὲρ πορευόμενον ψυχῇ. καί γε τοῦτο ματαιότης καὶ προαίρεσις πνεύματος.
よい←見る物は←目の/よりも←歩んでいる人←生命(プシュケー)において.これもまた空虚そして選択←風の.
9.1 MTとLXXの比較
MT「歩むこと←生命(ネフェシュ)が」は,LXXでは「歩んでいる人←生命(プシュケー)において」.どちらがわかりやすいか決めがたい.
9.1.1 「よい」(トーブ)
ものごとは,「よい」とか「よくない」とか,一概に言うことはできない.しかし,人間の社会に関しては,そういわざるを得ない現実がある.
9.1.2 「見る物は←目の」
目の前の現実のこと.貧困の現実.戦争の現実.それらを直視する.目を背けない.
9.1.3 「歩むこと←生命(ネフェシュ)が」
ネフェシュをもつ人間は,生活する.そして,日々,衣食住のことで努力する.人生をどのように歩むかということでも,努力する.受験準備,就職活動,昇進競争,子どもの教育,退職後の人生,死の準備など,人生は多くの課題を突きつけてくる.人間は,それぞれの課題に誠実に対応することが求められる.
他方,未だ来ていない将来や過ぎ去った過去に執着することは,程々にしておかなければならない.現実を直視する.今この瞬間を生きることである.
9.1.4 「これもまた水蒸気そして追うこと←風を」
人間は老化し死ななければならない.人間には寿命がある.これを果無いと見ることもできるが,尊いと見ることもできる.宇宙はそのようにできている.宇宙の余命は,少なくとも1400億年以上あることが明らかとなっている.しかし,宇宙もやがて必ず終焉を迎える.
Comments